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わたしたちは計画のなかにいる。あれやこれやの予定、その次の、そのまた次の、そしてまた次に実現されるべきことのなかに。

日常は強固なものだ。村上春樹は『アンダーグランド』のなかで、オウム真理教による地下鉄サリン事件に巻き込まれた被害者たちが、牛乳を買ったり、会社に向かったりという、些細で日常的な行動によって不条理とのバランスを取っているようだったと書いている。

多かれ少なかれ、普通のひとにとって、信頼するに値する日常は不可欠なものだ。毎日が新たな行為で成り立つような不連続性に耐えられる人は多くない。耐久性を持っているように見える一部の人間にも、やはりそうした不連続な生活を支えるものが存在するだろうと思う。

いっぽうでそうしたタガの外れてしまっている人間もいるが、元々そのようにしか存在できないのである。主義者ではなく、性格であり運命である。かくあらねば、そうでなければ、それにふさわしくあるか問いかけ続ける、情動のようなもの。

それは日常に切断線を挿入し、緊張と弛緩をもたらす。そうした切断なしに日常というものを認識できるか。

Notes